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今日から南北海道地区の1回戦
なぜか札幌ドームでの開催となったこの大会、初日第2試合での登場となった西陵高校
試合開始30分前でスタメンが発表され、スタンドの応援団は盛り上がりを見せている

“西陵の土に映える顔 男背番号14 弾丸アーチをスタンドへ それぶち込め教介”
函館支部予選でスタメン起用が1度もなかった大杉教介が1番ライトで抜擢されていて、早くも応援団による応援歌の指導が始まっている


そんな中、とある二人の女性がスマホを見て何やら話をしている

「見た? 去年の奇跡のホームラン。西陵高校といえばやっぱりこれだよねー」
「もちろんでしょ。この選手、2年だったから今年もいるんだよね? けどスタメンに名前ないみたいなんだけど」
「え、知らないの? 西陵高校ってさ、去年プログラムやらされちゃったじゃん。それで、この選手のクラスがどうも巻き込まれたみたいなんだよね」
「え、まさか...それって...?」
「そのまさかだよ。どうも死んじゃったみたいだよ..」


§


そのような会話が行われているとは露知らず、2人の少年が涼しい顔でスタンド席に到着する
相変わらず盛り上がってるなーと呟きつつ、ジャージ姿の二人は横並びで席に着いた

「しかし訳わからんよな。何で俺らここにいるんだって話だよ」
気づいた応援団の一人がぎょっとした感じの表情を浮かべているが、2人は意に介さずそれぞれグラウンドに視線を向けている

西陵高校のシートノックが行われている中、野球部員で本来はエースと不動の1番打者の伊藤浩臣、そして杉浦竜也はなぜかベンチにすら入らずスタンドでの観戦を決め込んでいる

転勤で退任した仲村監督の後任
『俺の師匠ともいえる人だ。安心して指導を受けるといいぞ』

そう言い残して去って行った仲村の跡を継いだのは、巨体。とにかくでかい(190くらいあるのかな。知らんけど)上に、横幅もある強面なのにどこか親しみを覚える初老の渡島監督だった


§


渡島は新年度練習初日、転校してきた浩臣の合流初日に竜也と1打席勝負をするように命じた

「竜が相手か。面白い」
自信あり気に浩臣がそう呟くと、竜也は守備に就いている外野手に下がれと指示を出して浩臣を煽ってみせる
和屋、安理、万田がフェンスぎりぎりまで下がったのを見ると、竜也は満足そうに頷いて左打席に入った
それを見た浩臣はニヤリと笑うと、ボールの握りを見せて挑発している

「まずは...真っすぐだ。お前に打てるかな?」

アウトコース低めに投じられたそれ、かなり厳しいコースだったが竜也はそれを涼しい顔で三塁線に強烈なライナーを飛ばす
浩臣はニヤリと笑みを浮かべたままファウルだろ?とアピールしているが、竜也も同じように笑みを浮かべると居間のはフェアでしょとアピールし返す

三塁を守っていた草薙はライン際を開けていたこともあり、飛びついたものの当然のように取れなかったのだが二人の『フェア・ファウル』のアピールに返答できずにいた
それで浩臣と竜也は、実戦形式ということで三塁コーチをしていた天満に判定を仰ぐ

しばし考えた後、天満はレフトの和屋からボールを受け取ってそれを確認しつつ、ボールがバウンドした場所を再びチェックする念の入れよう
そして一人頷くと、「ファウル、だね。ぎりぎりラインを掠めてないと思うよ」と言って浩臣にボールを手渡した

当然だろという表情でボールを受け取っている浩臣に対し、竜也はまだ不満たらたらでライン際を確認
祐里もその場にやって来て、並んで確認をしているが首を傾げつつ「私はフェアに見えたけどな。ラインの白線少し飛んだと思うんだけど」と言って竜也に同意を示している

「ま、ファウル言われちゃったしな。とりまサンキューな」
言って竜也が打席に戻ろうとすると、ベンチで見ていた渡島も小さく頷いている
言葉は発してなかったが、その口の動きは『フェアだったぞ』と言っているように見え、竜也は内心ニヤリとしている

打席に戻った竜也に対し、浩臣は再びボールの握りを見せて挑発

「次はスライダーな。打てたら何でも言うこと聞いてやるよ」
言って投じられたそれ、とんでもない切れ味で縦回転に落ちたボールを竜也は強振するがものの見事に空振りする

ひゅーという感じで竜也が口を尖らせて驚いていると同時、周囲は妙な騒めきを起こし始める
ベンチで見守っていた祐里も思わず、「マジか...」と絶句しているそれ

その様子を見て、渡島は祐里に「何でこんなに驚いているんだ?」と祐里に思わず尋ねている


「竜が...いや、杉浦が空振りしてるのを見たの初めてかも知れないんですよ。みんなの反応はきっとそれです」
祐里がそう呟いたのを聞いて、渡島は苦笑して首を振るとおもむろに立ち上がった

「打率が高いとは聞いていたが、そんなにやばいことやってたのか」
渡島がそう呟くと、祐里はキョトンとした様子

「けどあいつ言ってましたよ、“左打者はショートの左に転がせば6割ヒットなるから”って」
祐里のその言葉に対し、渡島は改めて苦笑したまま再び首を振った

「じゃあ聞くが、杉浦のそういうヒットを進藤は見たことあるか?」
渡島にそう聞かれ、祐里はあっと驚いた表情を浮かべた

「そういうことだ。あいつは典型的なプルヒッターだろ。仲村から聞いてはいたが、ホント、とんでもないやつだな」

浩臣が次はフォークだぞと言ってまたアピールしているそれを制するように、渡島は終わりだ、終わりと二人の勝負を終わらせた

水を差された感じで不満そうな浩臣と、あ、終わりならそれでいいよという感じで飄々とした竜也をそれぞれ見据えた渡島は、「後で二人に話しがある。ちょっと部室に残ってくれ」と言い残して普段の練習メニューへ再開

初日ということで軽めの練習で終わり早々に解散ということになったが、竜也と浩臣は渡島に言われた通り部室で待つことに


「みんないいやつだな」
浩臣がそう呟いたのを聞いて、竜也は小さく頷いて同意を示す
やがてすぐ、部室の戸が開くとそこには渡島となぜか祐里が一緒に並んでいる

竜也と浩臣が立とうとすると、渡島はそれを制して祐里にも着席を促した
それで祐里が竜也の横に座ったのを見ると、渡島は立ったまま三人をそれぞれ見据えた

「なぜこの三人、と君たちは思っているだろう」
いきなり真理を突いてくるので、竜也は思わず内心舌を巻きつつ祐里のほうをちらっと見ると、祐里は意味深な笑みを浮かべている
そして渡島が続ける

「西陵高校、仲村から“全国に行けるメンバーが揃ってます”と言われてたが、初日でそれを確信した。そしてその中心になるのがキミたち3人。杉浦、伊藤、そして進藤だってな」
言って、渡島はニヤリと不敵な笑みを浮かべてさらに続ける

「私の指導について来れれば、だがな。どうだ、私を信用できるか?」

言い終えると、渡島はまず浩臣のほうをじっくりと見つめる
浩臣は竜也のほうを見てちらっと笑みを浮かべると、すぐ渡島に向き直って頷いてみせた

「もちろんです。俺は甲子園行くためにわざわざ西陵に来たんですから」
言って笑みを浮かべる浩臣に対し、渡島は「よし。じゃあまず肩と肘を万全に治してくれ。とりあえず夏の市予選までは投手では使わないからな、そのつもりでいてくれ」と唐突な申し入れ

それで浩臣は、思わず何で知ってるんですか...と絶句しているが、渡島はそれを気にも留めずに次は竜也の返答を促す

竜也としても、甲子園に行くためだけに続けているのは紛れもない事実なので断る道理はなかった
「わかりました。お願いします」と頭を下げると、渡島は静かに頷いてそれに同意を示した

「杉浦も腰や足首に爆弾抱えてるらしいからな、基本休み休み使うことになる。ストレスかも知れないが、その怒りは夏大会で爆発させてくれ」
言って、今度は祐里のほうを見て笑みを浮かべている

なんで私? と思わず口に出した祐里を見て、竜也と浩臣も思わず笑みを浮かべた
とはいえ、竜也は内心まあうちの部から祐里が居なかったら、確かに纏まらないだろうよという思いもあった

「今日1日だけどさ、俺が感じたのは進藤が主将みたいなもんだなって。だから監督が呼んだんだろ」
浩臣がそう軽口を叩くと、竜也はそれに頷いて同意を示す
そして渡島もその通りだと言って笑みを浮かべて頷いたので、祐里は被りを振ってをそれを制した

「私はよくわからないけれど、竜と伊藤くんが従うならそれに反対する理由もないので。みんなの夢を叶えるため、ご指導お願いします」
祐里はいつも以上に目を大きく輝かせると、渡島に深々と頭を下げる
それで竜也と浩臣もそれに続き、渡島に頭を下げる

「わかった。明日からきつくなるぞ」
言って、渡島はまた不敵な笑みを浮かべた


§


それから色々あっての道予選2日前の出来事

いつものように練習前、竜也と浩臣がキャッチボールを始めようとした時の出来事だった
いつも通りグラウンドに早々と現れていた渡島が、2人を呼んでそれを止める

え? という感じで顔を見合わせる竜也と浩臣を呼ぶと、「杉浦と伊藤、君たちは初戦使わないからな。そして今日と明日、一切の練習も禁止だ」
渡島はそう言っていつものように不敵な笑みを浮かべていた